子どもの頃、漫画やアニメで父親キャラがおでん屋台で一杯やっているシーンを見て「大人になったらこれをやりたい」と思った人は多いのではないか。
カウンターと言えるかどうかもわからない狭い板。見知らぬ隣のおじさんと肩が触れるほどの距離。主人が黙って熱燗をついでくれる。岡田斗司夫氏のYouTubeで知って確かめたが、アニメ「じゃりン子チエ」の中でチエとおばあさんがラーメン屋台で話をするシーンは屈指の名場面だ。大阪の下町の空気、湯気、二人の間に流れる静かな時間。屋台はそこにいる人間の関係を、何かやわらかいものに変える力を持っている。
しかし今、街から屋台が消えている。理由は規制だ。屋台は道路や公共スペースを占用するため、食品衛生法に基づく許可に加え、道路占用許可、場合によっては警察への届け出も必要になる。手続きが複雑すぎて、参入の意欲がある人間ですら断念するケースが多い。60年代のピーク時には400軒以上あった福岡の屋台も、規制強化によって2010年には155軒にまで減少し、全国の屋台はほぼ消滅した。
そんな中、福岡市は逆の方向に舵を切った。2013年、「このまま屋台が消えてなくなってもいいのか」という市長の言葉を起点に、全国初の「屋台基本条例」を制定した。屋台を取り締まるための条例ではない。屋台を守るために、行政が正式に屋台の存在を認め、観光資源として後押しするための条例だ。その結果、ニューヨーク・タイムズの「今年行くべき場所」に福岡が選ばれた際、「屋台が並ぶ日本に残る数少ない場所のひとつ」として紹介された。
一方、世界に目を向けるとまったく逆のことが起きている。台湾では夜市が国を代表する観光資源になっている。台北の士林夜市には毎晩、世界中から観光客が押し寄せ、臭豆腐や魯肉飯、巨大フライドチキンをほおばる。バンコクのカオサン通りの屋台、シンガポールのホーカーセンター、マレーシアのペナンのストリートフード。どの国でも、屋台は観光の「顔」になっている。
旅をしていて、夕暮れどきに街角で夜市が始まる気配がしたとき、あのワクワク感はなんだろう。ホテルの部屋にいてもじっとしていられない。財布を持って飛び出したくなる。あの感覚は世界共通だ。外国で晩ごはんを屋台で済ませる気軽さも旅の醍醐味だ。言葉がわからなくても指差しで注文できて、数百円でその国の味が食べられる。旅人にとって屋台は最高のセーフティネットだ。
それが日本では機能していない。残業で遅くなって帰宅して、コンビニのお惣菜をレンジでチンして一人で食べる。その光景を「しかたない」で済ませていいのか。
東北・八戸市には中心街に8つの横丁がひしめき、昭和の風情と美酒・美食を求めて毎夜にぎわいを見せている。屋台文化が生きている街には人が集まる。それは証明されている。規制を全部なくせとは言わない。衛生管理は必要だ。しかし「原則ダメ」を「原則OK、条件あり」に変えるだけで、街の景色は変わるはずだ。
おでん屋台で一杯やる大人に、あの頃の子どもたちは憧れた。その憧れが今の子どもたちには届かない。それはさみしい。いまこそ失った屋台魂を取り戻せ。

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