街を歩いていたら、突然大名行列が現れた。どうすればいいか。時代劇で見た記憶を頼りに、とりあえず土下座をする—それは正解か。正解ではない。
まず、時代劇はほぼフィクションだ。「下にー、下に」の掛け声を使えるのは徳川御三家の尾張・紀州藩だけだ。それ以外の大名行列では「片寄れー」「よけろー」という掛け声が使われ、一般民衆は脇に避けて道を譲るだけでよかった。つまり将軍家や御三家でもない限り、土下座は不要だ。道の端に寄って、立ったまま見物していればいい。実際、江戸時代の庶民にとって大名行列の見物は娯楽のひとつだった。絢爛豪華な行列を眺め、友人と感想を語らう—現代のパレード観覧と本質的には変わらない。
何がアウトなのか。行列の前を横切ったり列を乱すような行為は非常に無礼とされ、場合によってはその場での無礼討ちも認められていた。ただし実際には事前に警告を行うため、無礼討ちにまで至るのは稀だった。要するにルールは単純だ。道を塞ぐな。横切るな。警告を無視するな。
1862年、神奈川県生麦村。イギリス人4人が馬に乗ったまま島津久光の行列に入り込んだ。警告を受けたが言葉が通じず、そのまま進み続けた結果、斬られた。度重なる要請や警告を無視する結果になったことで発生した。これが薩英戦争の引き金になった。一度の判断ミスが国家間の戦争にまで発展した。
ここから「生麦される」という概念を定義しておこう。「生麦される」とは、警告は出ていた、ルールも存在していた、しかし知らなかった、あるいは無視した結果、取り返しのつかない事態に自ら踏み込むこと。現代においても、生麦される場面は無数にある。では具体例を見てケーススタディしていこう。
状況別対応マニュアル。徒歩の場合は最もシンプルだ。端に寄る。立ったままでいい。行列が過ぎるまで待つ。以上だ。LOOP(電動一輪車)に乗っている場合。まず降りる。搭乗したままでは視線が高くなり無礼にあたる可能性がある。何より「よけろー」という掛け声を聞いた瞬間に急ブレーキをかけると転倒する。落ち着いて端に寄ってから降りること。LOOPをどこに置くかは自己判断で。
組体操をしている場合。これは難しい。ピラミッドの頂点にいる場合、下の人間が端に寄れば頂点も自動的に移動するが、崩れるリスクがある。崩れて行列に雪崩れ込んだ場合は「列を乱した」と見なされる可能性が高い。最善手は組体操を一時中断して全員で端に寄ることだ。再開は行列通過後でいい。演技の途中であっても、生麦されるよりはましだ。
ウーバー配達員の場合。自転車またはバイクを停車し、端に寄る。配達物の保温バッグは背負ったままで構わない。問題はアプリの配達完了時間だ。行列の通過を待っている間に時間がオーバーし、評価が下がる可能性がある。しかしそれは甘んじて受けるしかない。飛脚には行列を横切る特例が認められていたが、ウーバー配達員が現代の飛脚にあたるかどうかは、まだ判例がない。
シティマラソン参加中の場合。これは双方にとって最も不運な遭遇だ。コースと行列のルートが重なっていた場合、主催者側の下調べ不足と言わざるを得ない。個人としては立ち止まって端に寄るしかないが、記録は止まらない。ゴールタイムへの影響は自己責任だ。なお江戸時代の飛脚は行列を横切れたが、マラソン参加者が現代の飛脚にあたるかどうかも、判例はない。
二郎の行列に並んでいる場合。これが最も判断を要するケースだ。大名行列が二郎の行列と交差する形でやってきた場合、列を離れれば整理券や順番を失う可能性がある。しかし列に留まれば行列を塞ぐことになる。答えは一つだ—列を離れて端に寄る。二郎に再挑戦する機会は必ずある。生麦される機会は、できれば一生に一度も訪れないほうがいい。なお、行列の通過後に元の位置に戻れるかどうかは、後ろに並んでいる人々の温情による。
まとめると、正しい対応はこうだ。行列が来たら端に寄る。立ったまま待つ。横切らない。警告が来たら従う。馬やLOOPに乗っていたら降りる。組体操は中断する。配達はいったん止める。マラソンも止まる。二郎の列は諦める。土下座は不要。知識は必要。そして何より—警告は無視しないこと。それだけで、生麦されずに済む。

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