四国八十八ヶ所霊場を巡るお遍路では、各寺院の本堂と大師堂に「納め札」を納める。住所・氏名・参拝日を記した紙札で、参拝の証だ。
この納め札は、結願の回数によって色が変わる。白が1〜4回、青(緑)が5〜7回、赤が8〜24回、銀が25〜49回、金が50〜99回、そして錦が100回以上だ。一覧にするとこうなる。 白→青(緑)→赤→銀→金→錦
最初の白から始まり、積み重ねるごとに色が変わっていく。これは自己申告制で、どの色の札を使うかは自分で判断する。当然、嘘をつこうと思えばつける仕組みだ。しかしそれは、すべてを台無しにする愚かな行いだ。お遍路は修行だ。弘法大師・空海とともに歩く「同行二人」の旅であり、各寺に納める札はその証だ。誰かに見せるためではなく、積み重ねてきた巡礼そのものが色に宿る。嘘の色の札を納める行為は、仏前で嘘をつくことになる。
赤まではいける、かもしれない。8回の結願で赤になる。四国一周は約1,400キロ。歩き遍路なら約40〜60日、車でも数週間かかる。それを8回繰り返すということは、年に1回続けて8年かかる計算だ。決して簡単ではないが、時間と体力と気持ちさえあれば、不可能ではない。赤い札を手にした人はそれだけの月日を四国に注いだ人だ。
銀(25回以上)、金(50回以上)となると、もはや人生の一部どころか、生活の中心にお遍路がある人間でなければ達成できない領域だ。そして錦は100回以上。
錦の札に会えたなら。錦の札はかなりレアで、お守りにもなると言われている。現代においても錦の札の達成者数を示す公式な統計は存在しない。それ自体が、この色の希少さを物語っている。
史上最多の記録を持つのは、明治・大正時代を生きた中務茂兵衛(なかつかさもへえ)だ。1866年から四国遍路を始め、一度も故郷に帰ることなく巡礼を続け、279回を達成した。翌1922年、280回目の結願を前に高松で亡くなった。バスも車もない時代に、ほぼすべて徒歩でだ。この巡拝回数は歩き遍路最多記録と名高く、今後も上回ることはほぼ不可能な不滅の功績とも呼ばれている。
茂兵衛は100回を超えた時点で、とっくに錦の領域に入っている。それをさらに279回まで積み上げた。道中で倒れる遍路のために道標石を239基建て、後に来る人たちへの道しるべを残した。
まずは真っ白な気持ちで。お遍路を始める人は、白い納め札を手に持つ。白は清浄と無垢を表す色だ。何も積み重ねていない、まっさらな状態。それがスタートだ。
四国の山道、雨の中の石段、夜明けの鐘の音、見知らぬ土地で受ける「お接待」。そういうものが積み重なっていくうちに、白い札はいつか青になり、赤になっていく。錦に会えたなら、その場で手を合わせてほしい。その人が歩んできた時間の重さは、想像するだけで頭が下がる。まずは真っ白な気持ちで、一番札所・霊山寺の門をくぐるところから始めればよい。

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