土佐の変わり者が、世界を変えた素材を作った話——後編

前編では1958年、廣瀬晋二が高知の和紙技術を応用してビニロン湿式不織布の開発に成功するところまでを書いた。会社はできた。技術もある。しかし需要はどこにあるのか、という問いが残っていた。

電池の中に潜り込む

答えのひとつは、意外な場所にあった。電池メーカーとアルカリ乾電池用セパレータの共同開発に取り組んだ。セパレータとは、電池の中で正極と負極を物理的に隔てる薄い膜のことだ。電気は通すが、正極と負極が直接触れて短絡するのを防ぐ。電池という製品の中に必ず入っているが、消費者には一生見えない部品だ。

単3・単4電池用セパレータで国内シェア約60%、世界シェア約30%を占めるまでになった。乾電池が国内に普及してから40年以上、トップランナーとして不織布を提供し、技術改良を続けている。世界中の家庭でリモコンや懐中電灯に入っている電池——その中に高知の仁淀川沿いで作られた不織布が入っている可能性が、3割ある。

「変わってるね」が誉め言葉になった会社

廣瀬製紙の社内には「変わってるね」という言葉が誉め言葉として定着している、と会社は言う。「質感の良い和紙づくりに励んでいた変わり者の廣瀬晋二が」という書き方で、創業者を紹介している。その精神は創業後も続いた。次々と「業界初」「世界初」を打ち出していく姿勢は、創業者の体質そのものだ。

1ミリの断熱材と世界一薄い紙

ある時期、廣瀬製紙は厚さ1ミリ以下の断熱シートを開発した。熱さ200℃のホットプレートの上にこの断熱シートを敷くと、その上に置いた氷が溶けない。断熱材といえば建築用の厚いマットを想像する。それを厚さ1ミリで実現した。この技術はスマートフォンのカメラ部分やスマートウォッチの裏側に、熱対策として採用されている。今この瞬間、スマートフォンを持っているなら、そのカメラの裏に高知の不織布が入っているかもしれない。

現在、廣瀬製紙は世界一薄い抄紙技術を持つ。1平方メートルあたり2グラムのポリオレフィン繊維100%の不織布だ。比較のために言うと、コピー用紙は1平方メートルあたり約80グラムある。その40分の1の重さで、シート状の素材を作れるということだ。

ナノファイバーという次の挑戦

廣瀬製紙はノズルを使わないエレクトロスピニング法によるナノファイバー製造方法を独自に確立した。この技術と最薄葉紙製法を組み合わせ、「ナノファイバー複合不織布」を誕生させた。ナノファイバーとは直径がナノメートル単位(10億分の1メートル)の極細繊維のことで、通常の繊維では作れなかったフィルターや膜の性能を実現できる。

応用分野として次世代リチウムイオン二次電池用セパレータ、高性能エアフィルター、海水の淡水化に使う逆浸透膜、医療分野の素材など、開発が続いている。海水を淡水に変えるフィルターの膜基材にも、この高知発の技術が使われている。

高知から世界へ

現在、廣瀬製紙の海外売上比率は約80%だ。2019年にはドイツ・デュッセルドルフに自社の販売会社を設立した。仁淀川沿いの小さな和紙工房から始まった話が、ここまで来た。

創業者の廣瀬晋二が大学教授の講演を聞いて「合成繊維を和紙のように漉けないか」と考えた瞬間から、スマートフォンのカメラ裏の断熱材まで、一本の線がつながっている。素材というのは、使われる場所を選ばない。どこでも潜り込んで、静かに世界を支え続ける。

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この記事を書いた人

tokaijiruのアバター tokaijiru 都会汁代表

都会汁。私は、どこにでもいて、どこにもいない。長い年月を経て、ようやく見えてきた世界の裏側と新しい日常。ここは、私が拾い集めた断片を静かに吐き出す場所。通りすがりのあなたに、何が伝わるかはわからない。

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