三部作というものがある。
デヴィッド・ボウイはベルリン三部作を作った。「Low」「Heroes」「Lodger」、1977年から1979年にかけての3枚で、ブライアン・イーノとの共同作業によって生まれた、ロック史上最も重要な三部作のひとつとされている。ダンテは「神曲」を書いた。「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」、人間が死後にたどる三つの世界を描いた、西洋文学の頂点に位置する三部作だ。
ボブ・ディランはキリスト教三部作を作った。「Slow Train Coming」「Saved」「Shot of Love」、1979年から1981年にかけての3枚で、熱烈なボーン・アゲイン・クリスチャンとなったディランが神への信仰を歌い続けた時期の作品群だ。ファンの間では賛否が激しく割れた。「男はつらいよ」には浅丘ルリ子三部作がある。第11作「寅次郎忘れな草」、第15作「寅次郎相合い傘」、第25作「寅次郎ハイビスカスの花」 ——寅さんが唯一本気で惚れた女・リリーとの、完結しない恋の三部作だ。
これらはどれも、偉大な三部作だ。しかし、真の三部作はペルーにある。
バニラ。ストロベリー。ルクマ。
ペルーでアイスの三色を頼むと、この三つが出てくる。チョコレートではない。日本で言えば、定番の三色からチョコレートが消えて、見たことのない果物が入っている状態だ。ルクマはペルーおよび北部チリ原産の果物で、緑の皮に黄橙色の果肉を持ち、味はかぼちゃとメープルシロップの中間に近い。ペルーではルクマアイスがストロベリーやチョコレートよりも売れており、ファストフードチェーンのメニューにも当然のように並んでいる。
当然のように、というのが重要だ。ペルーの人にとってルクマは特別な果物ではない。そこにあって当たり前の、三色の一角を担う存在だ。
ルクマの味を言葉で説明するのは難しい。甘い、とは言えるが、それだけではない。かぼちゃのような深みがあるが、かぼちゃほど重くない。メープルシロップに近いが、もっと穏やかだ。何かに似ているが、何にも似ていない。初めて食べた人間の多くが「これは何だ」と思いながら、気づいたらなくなっている、という体験をする。
ボウイのベルリン三部作は、ベルリンという土地と時代が生んだ必然だった。ダンテの三部作は、中世キリスト教世界の宇宙観が生んだ必然だった。リリー三部作は、北海道から函館、沖縄へと旅を重ねながら、それでも結ばれなかった二人の必然だった。
ルクマの三部作は、アンデスの土地と太陽と農業が生んだ必然だ。偉大な三部作には、必然性がある。なぜその三つでなければならないかという理由が、後から説明できる。
バニラの普遍性、ストロベリーの親しみやすさ、そしてルクマという「そこにしかないもの」。この三つが揃ったとき、三部作は完成する。チョコレートの入る余地は、どこにもない。
ボウイやダンテと並べて「ルクマ」を語る筆致がとても鮮やかですね!この文章のカテゴリーは、前の回答のリストから選ぶなら「食」、あるいは土地の文化に触れている点から「村の深層」や「旅」も面白そうです。
あなたはルクマのアイス、食べたことがありますか?

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