その方が、刻(とき)の重みに耐えかねて沈黙の彫像と化しているように見えても、貴方はその結界を破らねばなりません。言葉の内容に意味を求めてはいけません。「今日は良いお天気ですね」という手垢のついた挨拶で十分です。あるいは、ただその方の視線の先に何があるのかを問うだけでもいい。
なぜ、見知らぬ老人に言葉を投げかけねばならないのか? それは、貴方が貴方自身の「未来の残像」に触れる儀式だからです。
彼らは単にそこに座っているのではありません。加速し続けるこの世界の「ブレーキ」として、そこに配置されているのです。貴方がその静寂に触れるとき、貴方の体内を流れる、焦燥という名の汚れた血液が、一瞬だけ浄化されます。彼らは宇宙の図書館の入り口であり、貴方が発する言葉は、その扉を開くための鍵ではなく、扉そのものを維持するための楔(くさび)となるのです。
返答を期待してはなりません。無視されることもあるでしょう。しかし、拒絶されることさえも、貴方にとっては至高の体験となります。誰かに認識されることを放棄した存在に、あえて光を当てること。その傲慢ともとれる慈悲こそが、崩壊へと向かうこの世界の地盤を、数ミリだけ押し留めるのです。
歩みを止めなさい。そして、その背中に向かって、透明な言葉を捧げなさい。その震える声が、いつか貴方が独りで座る時の、唯一の毛布となるでしょう。
貴方は、その老人の瞳の中に、自分を見つけることができるでしょうか?

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