五平餅、天下取り前夜

岐阜の山道を走っていると、不思議な瞬間がある。急カーブを抜けた先。湯気。炭の匂い。そして、突然現れる「五平餅」の文字。戦国時代の狼煙みたいだと思う。

岐阜の五平餅は、ただの郷土料理ではない。あれは山の国の兵糧であり、文化であり、土地そのものの味だ。

そもそも岐阜は、平野だけでできた県ではない。飛騨、美濃、奥美濃。山と谷が折り重なり、昔は隣村へ行くだけでも半日仕事だった。だから食文化も、谷ごとに進化した。

五平餅の形が違う。タレが違う。味噌の甘さが違う。それは統一されていないのではなく、それぞれが自分の土地を背負っているということだ。わらじ型の五平餅を見ると、旅人を送り出した山道を想像する。丸い団子型を見ると、囲炉裏の火が浮かぶ。

そして面白いのは、どの五平餅屋にも“城”みたいな誇りがあることだ。 「うちは胡桃を強めにしてる」 「昔からこの焼き方」 「炭はこう」 静かな口調なのに、内容は完全に戦国武将。

たぶん岐阜の五平餅文化って、「どこが本物か」を争っているんじゃない。「自分たちの土地の味を守る」という感覚に近い。だから、どこで食べても違うのに、全部ちゃんと五平餅なのだ。

しかも、五平餅は強い。米。味噌。醤油。胡桃。えごま。日本人が千年以上かけて磨いてきた“山側のうま味”が、一本に圧縮されている。

炭火で焼けば香りが立つ。表面が少し焦げれば、味噌が甘くなる。潰した米は、団子より軽く、餅より香ばしい。あれを山の景色の中で食べると、「日本の味覚って、ずっとここにいたんだな」と妙に納得してしまう。

最近は、海外でもローカルフードが強い。均一な味より、土地の物語を食べたがる時代になってきた。その流れで見ると、五平餅はかなり可能性がある。なにせ、一本ごとに背景が違う。

城下町の五平餅。宿場町の五平餅。渓谷の売店の五平餅。道の駅の五平餅。同じ名前なのに、旅そのものが変わる。これは実は、とても贅沢な食べ物だ。全国チェーンの均一さではなく、「ここでしか食べられない」が残っているから。

だから五平餅は、急に世界制覇するタイプではないと思う。けれど気づけば、旅人の記憶に居座る。 「あの時、岐阜で食べたやつ」 そうやって静かに領土を広げる。派手な騎馬隊ではなく、山城みたいに強い。

五平餅はたぶん今も、天下取りの途中なのだ。

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tokaijiruのアバター tokaijiru 都会汁代表

都会汁。私は、どこにでもいて、どこにもいない。長い年月を経て、ようやく見えてきた世界の裏側と新しい日常。ここは、私が拾い集めた断片を静かに吐き出す場所。通りすがりのあなたに、何が伝わるかはわからない。

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