人生和食一筋だった頑固親父・茂安、ウズベキスタン料理に敗北する

「わしは和食だけでいい」 茂安は長年、本気でそう言って生きてきた。朝は味噌汁。昼は蕎麦。夜は焼き魚。旅行へ行っても、結局最後は定食屋へ戻ってくる。洋食も中華も「たまにならいい」が基本で、自分から積極的に異国料理を食べに行くタイプではなかった。ましてや中央アジア料理など、人生で一度も候補に入ったことがない。

そんな茂安が、ある日なぜかウズベキスタン料理店の前に立っていた。理由は孫だった。最近、海外の屋台料理動画ばかり見ている孫が、「ここ絶対うまいって!」と目を輝かせている。店の前には、大皿の米料理、炭火で焼かれた串肉、見慣れない丸いパンの写真。茂安、かなり嫌そうな顔をしていた。「羊とか臭うんじゃないのか」「こういうのは若い人が食べるもんだろう」「わしは蕎麦でいい」完全に帰りたい顔である。だが孫は引かない。結局、「一口だけなら」という条件で入店した。

席についても、茂安は終始警戒していた。メニューを見ても知らない単語ばかりで、どれが何なのかもよくわからない。カタカナの料理名が並ぶたびに眉間の皺が深くなる。しかし、料理が運ばれてきた瞬間、少しだけ空気が変わった。最初に来たのは、プロフ 。羊肉、人参、米を炊き込んだ、ウズベキスタンを代表する料理だ。茂安はしばらく黙って皿を見ていた。「……米か」そう。頑固親父だが、米には反応する。孫に促され、仕方なく一口食べる。ここで動きが止まる。さらにもう一口。そして三口目。さっきまで「羊は臭う」と言っていた男が、急に静かになった。

油は使っている。肉の香りもある。だが妙に米がうまい。人参の甘みと羊肉の旨味が米へ移っていて、見た目よりずっと重くない。炊き込みご飯とも違うし、炒飯とも違う。もっと大きな鍋で、長年作られてきた“生活の料理”という感じがする。茂安、ついに言った。「……この米、ちゃんとしてるな」和食一筋の男から出る、かなり高評価の言葉である。しかも面白いのは、茂安が気に入った理由が「珍しい味だから」ではないことだった。ウズベキスタン料理は、日本人が想像する“海外料理っぽさ”だけで押してくる料理ではない。もちろんスパイスは使うし、羊肉文化も強い。だが、味の組み立て自体は案外まっすぐだ。塩。肉の脂。炭火の香り。そして主食。特にプロフは、肉や野菜の旨味を米へ移していく料理だ。人参の甘み、羊肉のコク、油の香りを米が全部受け止める。和食とは全然違う。だが、“米を中心に考える感覚”には、どこか共通点がある。だから茂安みたいに、人生ずっと白米を食べてきた人間ほど、妙に納得してしまうのかもしれない。

さらに、シャシリク が来る。炭火で焼いた羊肉の串だ。茂安、最初はかなり慎重だった。だが一口食べたあと、急に串を持つ角度が変わる。明らかに食べる速度が上がっている。「臭くないな」数十分前まで「羊は無理」と言っていた人物とは思えない。しかも横に置かれていた ノン を自然にちぎり始める。肉汁を吸わせて食べている。もう完全に楽しんでいた。

そして帰り際、レジ横に積まれていたお土産用のノンを見つける。しばらく見ている。かなり見ている。そして小声で店員に聞いた。「……これ、明日の朝でも食えるか?」買っていた。孫がかなり笑っていた。つい数時間前まで「わしは和食だけでいい」と言っていた頑固親父が、ウズベキスタンのパンを紙袋に入れて帰っている。

帰り道、茂安は悔しそうな顔でこう言った。「……まあ、和食が一番なのは変わらんが」だが少し間を置いて、ぼそっと続ける。「旧く、でも、あの米はうまかったな」認めている。人生和食一筋だった頑固親父を陥落させたのは、派手なスパイスではなかった。遠いシルクロードの国で、真面目に炊かれた米だったのである。

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tokaijiruのアバター tokaijiru 都会汁代表

都会汁。私は、どこにでもいて、どこにもいない。長い年月を経て、ようやく見えてきた世界の裏側と新しい日常。ここは、私が拾い集めた断片を静かに吐き出す場所。通りすがりのあなたに、何が伝わるかはわからない。

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