将棋の駒は五角形だ。木でできていて、表に「王将」や「飛車」と書いてある。それだけのものだ。
ただし、それだけのものに、一生をかける人がいる。
天童という街
天童市は全国の将棋駒の9割以上を生産する。1996年、伝統的工芸品に指定された。
駅に降り立った瞬間から将棋尽くしだ。ホームには大きな将棋の駒が描かれ、時計も駒形。外に出れば郵便ポストやマンホール、橋の名称碑、公園の看板、タクシーの行灯、足湯、自動販売機まで、将棋をモチーフにしたものが街中に溢れている。
この街に、「天竜」と号する彫り師がいる。
国井孝という人
山形県天童市出身。小学生の頃は放課後に近所の駒屋でスタンプ駒の製造を手伝い、中学生からは彫駒の製造を手伝った。学校卒業後に師匠・国井香月に弟子入りし、昭和32年に雅号「天竜」として独立した。
彫り師になる前から、すでに駒の中で育っていた。
将棋駒を彫る際に通常使用する字母紙を使わない「すかし彫り」の技能を持つ、全国でも希少な彫り師だ。その駒はタイトル戦で使用されるなど、熟練した技能は全国屈指と評価される。天童将棋駒の彫師として「現代の名工」に選ばれた、2人目だ。
字母紙というのは、文字の下書きを写すための紙だ。それを使わずに彫る。つまり、頭の中に完成した文字がある状態で、直接木に刃を入れる。
彫るということ
彫り師は、将棋独特の文字を印刀一本で彫り上げる。太い字は深く、細い字は浅く彫る。
将棋の駒は40枚一組だ。「王将」から「歩兵」まで、すべて書体が揃っていなければならない。一枚だけ上手くても意味がない。40枚、同じ精度で彫り続ける。
師匠から彫り技術の前に刃物砥ぎの大切さを学び、毎日継続して取り組んだ。技術を習得するためには、一日一日が勝負だ。
刃物を研ぐことから始まる技術、というのが面白い。道具が切れなければ、どれだけ上手くても駒は仕上がらない。
書体という世界
代表的な書体として、後水尾天皇の筆跡を基にした「錦旗」、水無瀬兼成の筆跡を基にした「水無瀬」、源兵衛清安の書による「源兵衛清安」などがある。書体の数は150種以上にのぼる。
同じ「王将」でも、書体が変わると別の駒に見える。どの書体を彫るかは、職人の腕と個性が出る場所だ。プロ棋士がどの書体の駒を好むかにも、それぞれのこだわりがある。
近代駒師の祖
近代将棋駒師の祖とされるのが豊島龍山だ。伝承された駒字を改良し、22種類の書体を収録した「豊島字母帳」を残した。駒師の命ともいえる書体を版木に残したのは、龍山が最初だった。
家業を傾けてまで将棋と駒に没頭した人物が、後世の職人全員の土台を作った。天竜もその系譜の上にいる。
1980年のピーク時に4億7000万円だった天童将棋駒の出荷額は、2010年には1億円以下まで下落した。
それでも天竜は彫り続けた。機械彫りが主流になっても、字母紙なしの手彫りにこだわり続けた。
藤井聡太が駒を打つ音が、テレビから聞こえる。その駒を彫った人間がいる。その人間の師匠がいて、さらに師匠がいる。

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