あなたはバニラアイスを食べたことがある。
ただし、本物のバニラアイスを食べたことがあるかどうかは、別の話だ。
「バニラ」という言葉がある。誰でも知っている。でも、何を知っているかというと、よくわからなくなってくる。
バニラはラン科の植物だ。香料になるのは花ではなく実の部分。花の寿命はわずか1日で、実をつけるまでに3〜4年かかる。花言葉は「永久不滅」。花の命の短さと記憶に残る香りのギャップから生まれたとされている。 
実を収穫して発酵と乾燥を繰り返す。そこで初めて、あの甘い香りが生まれる。収穫したばかりの実には、香りがない。
手間がかかる。当然、高価だ。2017年には1kg635ドルにまで高騰し、サフランに次ぐ銀よりも高い香料となった。 
では、あなたが食べているバニラアイスは何か。
「バニラ」製品のうち約95%は、バニラ莢果の代わりに人工的に合成されたバニリンで香りづけされたものだ。 
95%。ほぼ全部だ。
あなたが「バニラの味」として記憶している香りは、本物のバニラではなく、バニラを模倣した化学物質の香りである可能性が高い。
なぜバニラがアイスの定番になったのか。もとはにおい消しだった。
当時の牛乳や卵の獣くさいにおいを抑えるために使われたバニラビーンズが、実は人間や哺乳動物の母乳にも含まれる成分「バニリン」を持っていたことで、乳を飲んで育つ哺乳類が本能的に引き寄せられる香りになった。 
においを消すために使ったら、生物的に抵抗できない香りだった。それが理由だ。
バニラの旅は500年前に始まる。
もともとメキシコのトトナコ族が栽培を始め、アステカ族がカカオと組み合わせた飲み物に使っていた。コルテスがヨーロッパへ持ち帰った。しかし当時は珍獣のほうに注目が集まり、バニラの影は薄かった。 
ジャガーとアルマジロに負けていた。それがバニラだ。
その後300年、メキシコ以外では受粉を媒介する蜂がいないため栽培が失敗し続け、メキシコがバニラ取引を独占した。 状況が変わったのは、1841年、レユニオン島の12歳の奴隷の少年エドモン・アルビウスが人工授粉の方法を考案したことによる。 
12歳の奴隷の少年が、300年続いた独占を終わらせた。
そして「バニラ」という言葉は、香料の世界を超えて広がっていった。
英語では「plain vanilla」で「平凡な、つまらない」という意味になる。「He’s too vanilla for me」と言えば「彼は私には退屈すぎる」という意味だ。 
ITの世界では、カスタマイズや改変が一切行われていない、提供されたままの状態を「バニラ」と呼ぶ。 金融では「バニラ・オプション」が基本的な取引を指す言葉として使われている。
どの業界でも「バニラ」は「いじっていない、そのままの状態」を意味する。
アイスの定番から、「何も足していない」の代名詞になった。
アステカの宮廷から、12歳の少年の発明を経て、大統領のレシピになり、コンビニのアイスになり、IT用語になった。
トーマス・ジェファーソンがフランスでバニラアイスクリームを知り、レシピをアメリカに持ち帰った。そのレシピは今もアメリカ議会図書館に所蔵されている。 
あなたが今日食べたバニラアイスには、500年分の旅が入っている。
たぶん、人工香料の方だけど。

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