都会のワンルームに、黒い円盤がいる

こいつは毎朝、床を掃除してくれるはずだった。

AI搭載。マッピング機能。学習型ルート最適化。スマートホーム連携。箱には未来が印刷されていた。

疲れて帰宅した人間は、床掃除という原始労働から解放され、コーヒーでも飲みながら穏やかな夜を過ごす。そんな未来予想図である。

ところが現実は違った。

帰宅すると、円盤は部屋の真ん中で斜めに止まっている。

「助けを求めています」

いや、助けを求めたいのはこちらだ。

アプリを開く。しかし停止ボタンがない。

「充電完了後、掃除を再開します」

再開するな。

もう夜の十一時である。近隣住民も寝静まり、こちらも仕事で脳がゆで卵みたいになっている。そんな状況で、掃除機と状態遷移について議論したくない。

だが現代の高級家電は、人間の感情よりシステム整合性を優先する。内部的にはまだ掃除が終わっていない。だから掃除を続ける。理屈としては正しい。

しかし人間が欲しいのは理屈ではない。

「今日はもう静かにしてくれ」

その一点である。

昔の家電は単純だった。多少バカでも、言うことは聞いた。止まれと言えば止まった。コンセントを抜けば黙った。

しかし最近のスマート家電は違う。賢い。賢いので、自分の判断を持つ。賢いので、人間の命令を”参考意見”くらいに思っている。

その結果、深夜二時、突然モーター音が鳴り響く。黒い円盤が静かに復活する。ホラー映画なら低音のチェロが流れる場面だ。

人類は長年、「機械が人間の仕事を代行する未来」を夢見てきた。だが実際に到来したのは、「機械の機嫌を人間が管理する未来」だったのかもしれない。

結局、半年ほど円盤と戦った末、私は新しい掃除機を買った。普通の掃除機である。電源を入れれば動き、切れば止まる。人間の意思を一〇〇%尊重する。現代ではむしろ珍しいタイプの機械だ。

そして黒い円盤は、Wi-Fiを切られた。いまは野良である。

壁にぶつかりながら部屋をうろつき、充電が減れば勝手に巣へ帰る。たまに役に立つ。たまに変な場所で止まっている。

だが、それでいい。もう彼に知性は求めない。床にいる働き者の亀だと思えば、腹も立たない。

令和の掃除とは、そういうものなのかもしれない。

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この記事を書いた人

tokaijiruのアバター tokaijiru 都会汁代表

都会汁。私は、どこにでもいて、どこにもいない。長い年月を経て、ようやく見えてきた世界の裏側と新しい日常。ここは、私が拾い集めた断片を静かに吐き出す場所。通りすがりのあなたに、何が伝わるかはわからない。

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