村に裏チャレンジというものがある。 表向きは村八分だ。追放する。二度と戻るな。それが建前だ。
ただし、抜け道がある。10日間、自力で生き延びて戻ってきた者は、村八分が解除される。それが裏チャレンジだ。成文化されていない。村の古老だけが知っている、口伝の掟だ。
60年前、この裏チャレンジに挑んだ男がいた。安秀という。生還した。 そのひ孫が、康治だ。
安秀の伝説
安秀がどんな理由で村八分になったかは、今となっては誰も知らない。ただ結果だけが残っている。
崖下の沢に落とされて、12日後に村の入口に立っていた。予定より2日多かった。理由は「道に迷った」だったらしい。
安秀が持ち帰ったのは、体の傷と、ザリガニの調理法だった。その調理法は一族の秘伝になった。嫁にも婿にも教えない。血を分けた者だけに、沢に落とされる前夜に伝える。そういう決まりになった。
理由は単純だ。この一族は代々、村八分になる可能性が高かった。
康治の場合
神社の祭りのために集めた寄付金があった。康治が会計担当だった。
その夜、ウサギ系VTuberが3周年記念配信をしていた。康治の手が、動いた。
翌朝、口座の残高は清々しいほどゼロになっていた。VTuberの配信画面には「村の康治さん、42,000円のスーパーチャットありがとうございます!うれぴょん!」というコメントが残っていた。
村人たちがそのアーカイブを発見するまで、3日かかった。
落とされる前夜
古老が康治を呼んだ。明日、沢に落とすと告げた。10日生き延びれば戻ってよいとも告げた。康治は黙って頷いた。
その夜、父から秘伝を受け取った。どんな内容かは書かない。一族の秘伝だからだ。
ただひとつだけ言える。沢にザリガニがいれば、死なない。それだけだ。
康治は秘伝を胸に刻みながら、スマホでこっそり推しの配信アーカイブを見た。後悔はしていなかった。
1日目:名人の血が動いた
着地した。痛かった。でも生きていた。
糸をほどいて枝に結んだ。スルメを先につけた。沢に垂らした。3分でザリガニがかかった。
安秀の血は本物だった。あとは秘伝通りにやった。詳しくは書かない。
夕暮れ時に康治は食事をしていた。悪くなかった。推しに42,000円使った男の夕食としては、十分すぎた。
2日目以降:生活になった
糸を3本に分けた。3か所に仕掛けた。朝に仕掛けて、昼に回収して、夕方に食べる。生活のリズムができた。
5日目には完全に安定した。沢に落とされているとは思えない充実ぶりだった。
ただ一つだけ不満があった。スマホの電波が入らなかった。推しの配信が見られなかった。それだけが、つらかった。
10日目
川を下った。滝を巻いた。茨をくぐった。隣村の田んぼに出た。
農作業中の老人が康治を見て鍬を構えた。それほどの見た目になっていた。事情を話した。老人は黙って握り飯をくれた。
老人の家でスマホを充電させてもらった。推しは元気だった。
翌朝、康治は自分の村の入口に立った。古老が出てきた。康治を見た。
「10日か」 「11日です。道に迷いました」
古老は黙った。しばらくして言った。 「安秀と同じだな」
村八分は、解除された。
その後
なお祭りの寄付金の返済方法は地味だった。
その年、康治の畑は大根が豊作だった。沢での11日間、誰も世話をしていなかったにもかかわらず、なぜかよく育っていた。
康治は毎朝大根を干した。切り干し大根にして道の駅に出した。3ヶ月かかった。全額返済した。
村人たちは康治の切り干し大根をよく買った。味が良かった。秘伝の何かが、大根にも影響しているのかもしれないと、誰かが言った。誰も確認しなかった。
余った売上は17,000円だった。
康治はその夜、推しの配信を開いた。17,000円のスーパーチャットを送った。
「うれぴょん!」 画面の向こうで、ウサギが跳ねた。
康治は満足した。何も学んでいなかった。
その夜、康治は子どもたちを集めた。まだ幼い。伝えるには早い。
でも康治は言った。 「お前たちもいつか、この秘伝が必要になるかもしれない」
子どもたちは意味がわからなかった。この一族に生まれた以上、いつかわかる日が来る。

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