爪切りを、面倒な作業だと思っていないか。伸びたら切る。切ったら終わり。週に一度か二週に一度か、なんとなく気になったタイミングでパチンパチンとやって、洗面台に散らかった爪の欠片を流して終わり。そういう作業だと思っていないか。
違う。爪切りにはロマンがある。
マサイ族はナイフで切る
ケニアとタンザニアに暮らすマサイ族に、爪の切り方を尋ねた日本人がいた。答えはシンプルだった。ナイフだ。ナイフを使って、上手にカットしていく。コツが必要なので、要練習だ。頻度はだいたい週に一度。
専用の道具としての爪切りという概念がない。ナイフは肉を切り、枝を削り、爪を整える。一本で全部やる。合理的といえば合理的だ。
日本人が爪切りを発明して以来、それなしでは生きられなくなっているのは、むしろ日本人のほうかもしれない。マサイの戦士はナイフ一本で大陸を渡る。日本人は爪切りを忘れると旅先で途方に暮れる。どちらが道具に使われているか、少し考えたほうがいい。

カメルーンには爪切り屋がいる
カメルーン北部州の町を歩いていると、ハサミを鳴らす音が聞こえる。彼は爪切り屋だ。お客の爪に石けん水をかけて、小さなハサミで丁寧に、そして慎重に切っていく。
爪を切ることが、職業として成立している。床屋のように、爪切り屋が街角に立っている。
考えてみると、自分の爪を自分で切るのは意外と難しい。利き手と反対の手はまだいい。問題は利き手の爪だ。利き手で利き手の爪を切るのは、どう考えても無理のある作業だ。仕上がりが雑になるのは当然で、専門家に任せるという判断は実は極めて理にかなっている。
日本にも爪切り屋がいてもいいはずだ。商店街の一角に、ハサミを鳴らしながら待っている爪切り屋。老人でも、不器用な人でも、純粋にきれいに整えてもらいたい人でも、立ち寄れる場所。需要はあると思う。

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