健太は28歳で、ある夜ひとりで「シャイニング」を見ていた。
レッドラムを逆さまにしたらマーダーになる。このシーンを見るたびに健太は興奮した。逆さまにするだけで意味が変わる。天才だキューブリック。
そのとき、健太はふと思った。待てよ。文字を逆さまにしたらマーダーになる。じゃあ、本物のレッドラム、つまり赤いラム酒を逆さまにしたら、何かが起きるんじゃないか。
論理的な根拠は何もなかった。しかし健太には確信に近いものがあった。キューブリックは何かを仕込んでいる。映画には意味がある。逆さまには意味がある。ならば液体を逆さまにしても、何かが起きるはずだ。
健太は近くのコンビニに走った。赤いラム酒を探した。なかったのでカルーアを買った。黒かったが、ラム入りだからまあいい。
ノートパソコンの前に戻った。グラスに注いだ。画面にはジャック・ニコルソンが映っていた。健太はグラスをゆっくりと逆さまにした。
起きた。
カルーアがノートパソコンのキーボードに盛大にかかった。最初は何も起きなかった。健太が「あ」と言ったとき、キーボードが光った。見たことのない光り方だった。次にバチッという音がした。次に画面が消えた。次に煙が出た。
健太はしばらく煙を見ていた。マーダーは起きなかった。しかしノートパソコンは完全に死んだ。画面に映っていたジャック・ニコルソンも、一緒に消えた。
健太はその後、キューブリックの言いたかったことは「逆さまにしても現実は変わらない、ラムはラムだ」ということだったのかもしれない、と思った。全然違うと思うが、そう思うことにした。
ノートパソコンの修理代は38000円だった。

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