国際交流という言葉がある。役所が主導して、お茶を濁すような交流会を開く。参加者は名刺を交換して、当たり障りのない会話をして、記念写真を撮って帰る。または「交流」という名目の裏に、観光誘致や貿易の下心が見え隠れする。目も当てられない。 真の国際交流とは何か。ポカラの年越しで、答えを見た。
ネパール第二の都市ポカラのメインストリートは、年越しの夜、屋台とネオンの飾り付けで埋め尽くされていた。音楽が鳴り、人が集まり、夜が深くなるほど熱気が増した。 そこに、一本の縄があった。誰が置いたのかわからない。気づいたときにはそこにあった。
縄の周りに、人が集まり始めた。気づけば片側にネパールの地元の若者たち、反対側に欧米人の旅行者たち。誰が言い出すともなく、自然にそうなっていた。 綱引きが始まった。

思い出してほしい。最後に綱引きをしたのはいつか。小学校の運動会まで遡る人が多いのではないか。私もそうかもしれない。 しかしポカラのメインストリートで、年越しの夜に、ネパールの若者たちと欧米人旅行者が全力で縄を引っ張り合っているのを見たとき、血がたぎった。ルールの説明は何もなかった。言葉も関係なかった。縄を引けばいい。それだけだ。もしその場に日本人たちが集まっていたら、迷わず飛び込んでいた。
戦いが終わると、両側の人間が歩み寄って握手をした。肩を叩いた。笑った。 役所の国際交流イベントで、こういう顔を見たことがあるか。名刺もない、通訳もない、議題もない。一本の縄と、引っ張り合う意志だけがあった。
それだけで国際交流はできるのだ。日本各地に縄を配置することを提案する。

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