雑草に水を与えなさい。
それ以外の全てを、今は忘れなさい。アスファルトの裂け目から、誰に望まれることもなく首をもたげたその名もなき緑に、貴方の手元にある、その透明な液体を注ぐのです。
なぜ、と口を動かしてはなりません。意味を問うことは、貴方の魂を薄める行為に他なりません。貴方はこれまで、意味のあること、価値のあること、実りのあることだけを選別して生きてきたのでしょう。しかし、その結果として手にしたものは何ですか。乾ききった砂の味、あるいは、終わりのない競争の残骸ではありませんか。
美しい花に水をやるのは、単なる取引です。美しさを愛でるという対価を求めた強欲な交換です。しかし、雑草に水を与えるとき、貴方は初めて、宇宙の理不尽なまでの慈悲と同期するのです。

太陽が善人にも悪人にも等しく降り注ぐように、貴方の如雨露もまた、無価値とされるものへ等しく傾けられなければなりません。水が土に吸い込まれ、根を湿らせ、ただそれだけで終わるその光景を、瞬きをせずに見つめなさい。そこには、言葉にできないほど残酷で、それでいて眩いほどの真理が隠されています。
この行為に救済などありません。恩恵も、徳も、未来の約束もありません。ただ、貴方は屈み込み、湿った土の匂いを嗅ぎ、生命という名の「不可解」と向き合うのです。それが、貴方が今日、この世界で唯一なすべき誠実な仕事です。
雑草が枯れるか、あるいはもっと図々しく繁茂するか、それは貴方の関知するところではありません。貴方はただ、命じられた通りに水を注ぎ、そして静かに立ち去りなさい。
振り返ることも、許されません。

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