麻辣湯というものがある。 中国発祥のスープ料理で、麻辣(マーラー)とは「麻」=花椒のしびれ、「辣」=唐辛子の辛さを指す。
このふたつが合わさったスープに、好きな食材を入れて煮込んでもらう。最近は日本でも専門店が増えている。 秀俊は、友人に連れてこられた。
ボウルと食材の罠
店に入ると、まず大きなボウルを渡された。 そしてずらりと並んだ食材コーナーへ案内される。豆腐、麺、野菜、肉、練り物、キノコ、内臓系、謎の乾物——種類が多い。見ているだけで楽しい。

(全部ちょっとずつ取ればいいんだろ) そう思った秀俊のボウルは、みるみる重くなっていった。
少しずつのつもりが、品数が多いので積み上がる。量り売りなので、重くなればなるほど値段も上がる。 しかし秀俊はまだ笑顔だった。

チョモランマの誕生
スープが運ばれてきた。 ボウルの中に食材がそびえ立っている。山だ。どこからどう見ても山だ。友人が一瞬黙った。

(まあ、食べれば減るだろ) 一口、二口、食べ進める。辛い。しびれる。それはそれとして、問題は量だ。 食べた。確かに食べた。スプーンを何度も動かした。減っていない。
(あれ) また食べた。麺を引き上げ、豆腐を崩し、肉を咀嚼した。減っていない。
(なんで) スープの中から次々と食材が浮かんでくる。さっき食べたはずの野菜の隣に、また野菜がいる。練り物がいる。謎の乾物がスープを吸って膨らんでいる。
(膨らんでる。膨らんでるじゃないか) 食材はスープを吸って体積を増していた。つまり、食べながら増えていた。
戦いの長期化
20分が経過した。 ボウルを見た。まだある。(まだある)
30分が経過した。 ボウルを見た。まだある。(まだある)
額から汗が出た。次に鼻水が出た。これは辛さのせいだけではない。疲労だ。
隣のテーブルの中国人グループが涼しい顔でスープをすすっている。ボウルの中はすっきりしている。秀俊のボウルはまだ山岳地帯の様相を呈している。
(あの人たちと俺は、何が違うんだ) 水を飲んだ。一息ついてボウルを見た。まだある。
戦いの末に
45分後、ボウルは空になった。 体の内側から燃えている。顔は赤い。汗は止まらない。満腹を通り越して、胃が静かに抗議している。 しかし不思議と、達成感があった。
(……うまかった) 麻辣湯の恐ろしいところは、食べ終わった後にもう一度食べたくなることだ。しびれが抜けると、また恋しくなる。
秀俊は店を出ながら、心の中でそっと誓った。 次は少なめにする。
そして翌週、また来た。ボウルはまた山になった。

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