今夜の対戦相手は、かつて最も手ごわかった男だ。
赤コーナー——フルーツコウモリ。翼開長170センチ、体重1.1キログラム。静かに翼をたたんでいる。
青コーナー——団塊の世代、77歳。全共闘で機動隊と渡り合い、高度経済成長期に会社を作り、バブルで溶かし、それでも生き残った男だ。今日も朝5時に起きた。しかし最後に走ったのがいつだったか、本人も覚えていない。
第一ラウンド。
団塊の世代が前に出た。無言だ。言葉はいらない。体で示す世代だ。
三歩で息が上がった。
それでも前に出た。六歩目で膝が笑った。壁に手をついた。手をついたまま、フルーツコウモリを睨んでいる。その目だけは、まだ機動隊と対峙していた頃のままだ。
フルーツコウモリが翼を広げた。170センチの翼が夜気を制圧する。
第二ラウンド。
団塊の世代が立て直した。深呼吸を三回した。ラジオ体操の第一を思い出しながら肩を回した。かつて全力で振り回した腕が、今は自分の肩甲骨のあたりで引っかかっている。
それでも前に出た。今度は両手を前に出した。掴もうとしている。170センチの翼を、77歳の両手で掴もうとしている。
届かない。あと10センチ届かない。
フルーツコウモリが急降下した。顎が閃いた。団塊の世代、とっさに腕でガードした。かつての反射神経の残滓が、体の奥底から絞り出された。しかし腕ごと弾き飛ばされた。
最終ラウンド。
団塊の世代、それでも立っている。肩で息をしている。膝が小刻みに震えている。しかし倒れない。
ポケットから何かを取り出した。孫の写真だ。見ている。エネルギーを補充している。写真をポケットに戻した。もう一度前に出た。今度は声が出た。無言のはずが、喉の奥から獣のような音が漏れた。77年分が、最後の一絞りで出てきた。
フルーツコウモリが最後の急降下に入った。
団塊の世代が倒れた。しかしその倒れ方が美しかった。膝をつき、ゆっくりと横に傾き、まるでじいじ頑張ったよと孫に見せるように、誇らしげに地に沈んでいった。ポケットから孫の写真がこぼれた。その顔に、悔しさはなかった。
しかしフルーツコウモリはそんな光景など知らない。170センチの翼を広げ、夜の森に咆哮をあげた。その声は美しい老体が横たわる静寂を、無慈悲に引き裂いた。
マイト・イズ・ライト。(サイズこそ正義!)
王者に、情けはない。それが自然界の掟だ。王者の咆哮が聞こえるようです。
勝者——フルーツコウモリ!



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