1969年、クロスビー・スティルス&ナッシュが歌った。Marrakesh Express。あの曲が生まれてから半世紀以上が過ぎた。列車は今もマラケシュへ向かって走っている。
ONCFという鉄道
モロッコ国鉄ONCFは全2,110kmのネットワークを持つ。マラケシュ-カサブランカ-タンジェ間には寝台列車も走っている。
アフリカ初の高速鉄道LGVを引くなど、アフリカの中では比較的鉄道網の発達した国だ。ただし現在、マラケシュへは通常の鉄道のみで高速鉄道はまだ開通していない。
計画では2029年までにカサブランカからマラケシュまで高速鉄道を延伸し、タンジェとマラケシュ間を3時間以内で結ぶ予定だ。高速化される前の在来線が、まだ走っている。今が乗り時だ。
車窓と、車内と
主要ルートはカサブランカ発マラケシュ行き。所要時間は約3時間半から4時間。
カサブランカあたりまではステップというか、砂漠にちょっと草が生えている車窓風景だが、カサブランカやラバトあたりから北上すると緑が増えてくる。荒涼とした赤茶けた大地がじわじわと変わっていく、その移行を眺めているだけで時間が過ぎる。
座席は1等と2等の2種類。1等は6人のコンパートメント式の指定席、2等は広々と使える。両者の価格差は高くても100ディルハム、約1,200円程度だ。その差で迷うくらいなら、2等にして車内の人間を眺めていた方がいい。
モロッコ人は人懐っこくて、隣に座った人が食べているお菓子やみかんを「食べる?」と気軽にお裾分けしてくれることもある。コンパートメントの6人部屋に押し込まれて、気づいたらフランス人旅行者と旅の話をしている。そういう偶然が鉄道にはある。
ただし時刻表は参考程度に。30分程度の遅延はよくある。急がない旅をする人間にだけ、この鉄道は優しい。
チケットの買い方
早割を活用すれば大幅な割引があるが、国際クレジットカードでのオンライン購入ができないケースが多く、現地窓口での購入が基本となる。
大きな駅には券売機もあり英語表示に切り替えられる。係員が隣に立っていて、行き先を告げれば代わりに操作してくれることもある。窓口は現金のみのことが多いのでディルハムを用意しておくこと。並ぶ時間も30分は余裕を見ておきたい。
乗り込む前に、カサブランカで食べる
マラケシュへの旅はカサブランカから始まることが多い。ならば乗り込む前に、この街で腹ごしらえをしておきたい。
カサブランカは大西洋に面した港湾都市で、新鮮な海の幸を使ったシーフード料理が充実している。タジンとクスクスがモロッコの定番だが、カサブランカではシーフードのタジンが格別だ。
タジンはとんがり帽子の形をした陶製の鍋で煮込む料理で、チキン、ラム、魚など食材の組み合わせによってバリエーションが無限にある。水が貴重だった砂漠の知恵から生まれた料理が、大西洋の魚介と出会うとまた別の顔を見せる。
クスクスは金曜日の昼食には欠かせない存在で、家族や友人と一緒に大皿を囲むのが習慣だ。世界最小のパスタと呼ばれる粒粒を、スパイスのきいたスープでしっとりと食べる。
食後はミントティーを一杯。砂糖たっぷりのモロッコのミントティーは、ほどよい甘さで、午後の紅茶のミルクティーくらいの甘み。モロッコ人は1日に何度も飲むほど国民に親しまれている。高い位置からとくとくと注ぐあの所作も含めて、ミントティーはひとつの儀式だ。
そして列車に乗る
腹が満ちたら、駅へ向かう。イヤホンを差して、CSNのマラケシュ・エクスプレスを流す。
列車がゆっくりと動き出す。窓の外に荒野が広がる。スパイスとミントの余韻がまだ口の中に残っている。
あの曲を聴きながらこの景色を眺めると、半世紀前に誰かがここを通ったことが、不思議とリアルに感じられる。鉄道の旅には、そういう時間の重なりがある。

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