「スーパーのレジに並んだのに通信障害で決済できませんざますわ!」
「充電が切れてPayPayが使えず、食い逃げ容疑で逮捕されそうばい!」
「電波障害でスマホが使えず、電車の改札から出られないのよ!」
キャッシュレス決済が当たり前になった時代の、当たり前の悲劇だ。
日本のキャッシュレス決済比率は2024年に42.8%に達し、政府が掲げた目標を前倒しで達成した。韓国は99%、中国は83.5%と、日本はまだ世界水準には遠い。政府はさらに将来的に80%を目指すと宣言している。スマホをかざせばすべてが済む便利な世界へ、着々と近づいている。
ただしスマホがきちんと使えたら、である。
充電と電波と通信環境という三つの条件が揃って初めて成立する便利さだ。三つのうち一つでも欠ければ、あなたはレジの前で地蔵のように立ち尽くし、キャッシュレス失敗男として手痛い罰ゲームを受ける羽目になる。下手をすると無銭飲食呼ばわりされることもありうる。
これを真のキャッシュレスと呼んでいいのか。
本物のキャッシュレスは、ミクロネシアのヤップ島にある。
フェイとは、ヤップ島で使われてきた石の通貨だ。直径30センチから最大3メートル、重さ5トンにもなる巨大な石で、500キロ離れたパラオから命がけで運んでくる。その苦労の度合いが価値を決める。
持ち運べない。財布には入らない。だから所有権だけが移転し、石自体は動かない。村人全員がどの石が誰のものかを記憶することで、通貨として機能する。
そしてここからが本番だ。ある家の先祖が、パラオから巨大な石を運ぶ途中に嵐に遭い、海に沈めてしまった。しかし沈める前に必要な細工をしたと証言したため、島民はその石を有効な資産と認めた。今も海の底に沈んだまま、持ち主が転々としながら取引に使われている。
充電不要。電波不要。通信障害も関係ない。石は海の底にあっても取引が成立する。
これが真のキャッシュレスではないか。
フェイに価値があるのは、島の全員がそれを信じているからだ。アプリも、サーバーも、電力会社も介在しない。人と人の記憶と信頼だけで成立する通貨制度。どちらが豊かな決済システムかは、あなたが決めていい。

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