1985年の映画「タンポポ」という作品がある。伊丹十三監督、宮本信子主演。売れないラーメン屋の女将タンポポが、カウボーイハットのトラック運転手ゴロー(山崎努)たちの助けを借りて店を立て直す、いわゆる「ラーメンウエスタン」だ。屋台ではないが、この映画が描いているのは食の本質だ。不器用な人間が、不格好な店で、不完全な味を出しながら、少しずつ前に進む。そこに人が集まり、何かが生まれる。今の時代にはない何かだ。その何かが、屋台には宿っていた。
なぜ屋台は消えたのか。理由は規制だ。保健所の営業許可、道路使用許可、廃水処理の義務、騒音基準——屋台を一台出すためのハードルが、年々高くなった。書類を揃えているうちに、やる気が消えた。後継者もいない。新しく屋台を始める若者も育たなかった。昔ながらのおやじたちは静かに店を畳んだ。
そこへキッチンカーブームが来た。「夢を形にできる」「低コストで始められる」と喧伝された。しかし現実は厳しかった。キッチンカーは開業後1年以内の廃業率が約30%と非常に高く、開業後3か月以内の廃業も少なくない。
主な理由はこうだ。
- 出店場所が取れない。人通りの多い場所はすでに先輩オーナーに押さえられている
- 初期費用が重い。車両製作だけで100〜300万円、開業前に資金が尽きる
- 天候に売上が左右される。雨の日はゼロになることもある
- 休めない。営業しなければその日の収入がゼロだ 屋台の現代版のつもりが、出店場所を転々としながら孤独に戦うビジネスになっていた。
口コミサイトは屋台に優しくない。そして追い打ちをかけるように、グルメサイトの口コミがある。屋台はワンオペだ。調理しながら、接客しながら、会計しながら、食器を洗う。水は限られている。スペースも限られている。衛生面で完璧な環境を整えることは、構造上難しい。そこに「テーブルが汚い」「食器に水滴がついていた」という匿名の口コミが一件ついただけで、星が下がる。
グルメサイトのユーザー評価を「信用していない」「気にしない」と回答した飲食店が6割に達した。作った側がほとんど信用していない評価に、食べる側が振り回されている。しかも日本のグルメサイトの多くは、完全匿名で書ける。本名も顔も出さず、食べた事実さえ確認されずに、一言で店の評価が変わる。
台湾でも韓国でもバンコクでも、屋台は街の顔だ。夜市は観光の目玉だ。衛生が完璧でなくても、人が集まり、文化が生まれる。日本だけが口コミサイトに振り回されて、本当に豊かな食文化になったのか。それは素直に疑問だ。
本当の豊かさは、星の数で測れない。会社帰りの夜を想像してほしい。くたびれた体を引きずって、駅から家まで歩く。その途中に、屋台がある。「おう、今日は遅かったな」と顔なじみのおやじが声をかける。黙って熱燗を出してくれる。隣に座った初対面のサラリーマンと、なんとなく愚痴を言い合う。30分後、少し軽くなった体で家に帰る。その屋台は、食べログに載っていない。星もない。しかし間違いなく、その人の一日の一部だ。
福岡市は2013年、全国初の「屋台基本条例」を制定した。屋台を規制するためではなく、守るための条例だ。「原則NG、条件付きで例外あり」を「原則OK、条件あり」に変えただけで、街の景色が変わった。スマートフォンの星の数より、顔なじみのおやじの「おう」のほうが、1日の疲れをよく取る。屋台魂を、取り戻せ。

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