1989年、ビリー・ジョエルが一曲に20世紀の歴史を詰め込んだ。曲名は「We Didn’t Start the Fire」。スターリン、アインシュタイン、エルヴィス・プレスリー……次々と飛び出す固有名詞の中に、こんな一節がある。「Dien Bien Phu falls, Rock Around the Clock」 
ディエンビエンフーの陥落と、ロックンロールの誕生が、同じ行に並んでいる。1954年の世界は、そういう年だった。
何があったのか
ラオスとの国境に近いベトナム北西部の山岳地帯。フランスはここに1万6000人の兵力を降下させ、ベトミン軍をおびき出して叩く計画を立てた。 計画は完全に裏目に出た。
ベトミン軍は旧日本軍の大砲や、ソ連・中国から提供された武器を北部各地から寄せ集め、フランス軍陣地を包囲。3月13日から戦闘を開始し、56日間の包囲戦の末、5月7日にフランス軍の要塞を陥落させた。フランス軍は少なくとも2200人が戦死し、1万人以上が捕虜となった。 
この勝利をきっかけにジュネーブ協定が締結され、ベトナム、ラオス、カンボジアの独立が承認された。 フランスが撤退した空白にアメリカが入り込み、ベトナム戦争へとつながっていく。ディエンビエンフーは、その長い連鎖の起点だ。「ディエンビエンフー」の名は今もベトナム人にとって輝かしい勝利の記憶とされ、ハノイの大通りの名前にもなっている。 毎年5月7日は戦勝記念日だ。
どうやって行くか
最も簡単な方法は、ハノイからベトナム航空で約1時間。バスならハノイのミーディン・バスターミナルから夜行便で約11時間。 ラオスへの陸路国境越えの中継地としても使える。
見どころ
A1の丘はフランス軍が最後まで立てこもった場所で、N24戦車や塹壕がそのまま残っている。ベトナム軍が数kmのトンネルを掘り進め、960kgの爆弾を仕掛けた跡もある。空港から約3km。 
ド・カストリ司令部跡は、フランス軍総司令官が指揮を執った場所。司令室や通信室も当時のまま残されていて、空港から約2km。 
勝利の記念像は、370段あまりの階段を登った丘の上に立っていて、ディエンビエンフーの町が一望できる。 戦跡はコンパクトにまとまっていて、半日もあれば主要スポットを回れる。あとはのんびりできる町だ。
食べるものと飲むもの
住民の中ではタイ族が最も多く、フモン族やシラ族などの少数民族も暮らしている。 タイ族料理が地元の基本で、竹筒で蒸した魚料理、もち米、山のハーブを使った肉料理が中心だ。ハノイとはかなり違う味がする。
夜は5月7日通り沿いのビアホイ(地ビールの立ち飲み屋)で、地元の人に混じって飲むのが旅人の定番だ。 
歴史の重さと、素朴な飯と、ビアホイ。ビリー・ジョエルが歌詞に刻んだ町は、今もそこにある。

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