介護の人手不足が叫ばれている。それは本当のことだ。しかし今、もっと静かに、もっと取り返しのつかない形で消えかけているものがある。 蚕だ。
2025年の全国の養蚕農家数が過去最少の113戸になったことが大日本蚕糸会のまとめでわかった。前年から21戸減で、100戸割れが目前に迫っている。 113戸。日本全国で、113戸。
養蚕はピーク時の1929年には農家数が220万戸を超え、日本の輸出を支える一大産業だった。1979年には収繭量1トン以上の大規模養蚕農家だけでも15,497戸あったところ、2016年には349戸にまで減少した。 それがいま、113戸だ。
減少の大きな要因は高齢化による廃業だ。養蚕農家の経営者の65%が70歳以上で、このうち86%に後継者がいない。養蚕農家が残るのは全国18都県だけ。繭の生産量は31トンで、国内の絹需要に占める国産生糸のシェアは0.13%まで落ち込んだ。 0.13%。1%にも満たない。日本人が着ている絹のほぼ全部が、外国から来ている。
蚕の糸は、手術室にある。 絹はファッションだけの話ではない。医療用縫合糸の非吸収性のものには主にシルク(絹)が使用されている。骨や靭帯の組織を縫合する際や、美容形成で組織を縫縮する場合などに使われる。
古来から使われてきた縫合糸の材料のうち、今日まで残るのは絹とわずかにカットグットのみだ。何千年にもわたる外科手術の歴史の中で、絹糸は生き残り続けた。 千年以上の歴史を持つ手術の世界で、今も絹糸が使われている。合成繊維が台頭した現代においても、絹の柔らかさ、結びやすさ、扱いやすさは代替が難しいとされている。 国産蚕が消えれば、その供給は完全に海外に依存することになる。有事の際、医療用絹糸が手に入らなくなるという事態は、SF小説の話ではない。
一度消えたら、戻らない。 養蚕は、ただ農家が作物を育てる産業ではない。蚕の品種、飼育技術、桑の栽培、繭の扱い方——その全てが、農家の体と記憶の中に蓄積されている。 農家が廃業すれば、その知識は消える。蚕の品種も失われる。工場は壊せる。しかし人の体に刻まれた技術は、一度途絶えると取り戻すのに何十年もかかる。大日本蚕糸会の会頭は「このままでは日本のシルクは失われる」と危機感を募らせている。
では、どうするか。 答えのひとつは、蚕の受託生産だ。自分が選び、名前をつけた蚕を、養蚕農家に育ててもらう。自分が名前をつけた蚕が、WEBカメラの向こうで桑を食べている。「よし食え食え、頑張れ小太郎」と、深夜に画面を覗き込む自分がいる。翌朝起きてまず確認するのは、SNSでもニュースでもなく、小太郎の様子だ。
やがて小太郎は繭をつくりはじめる。あの白い、不思議な玉だ。自分の名前をつけた命が、自分の体から糸を出して自分を包んでいく。その映像を、あなたはどこにいても見届けることができる。
その糸が、布になる。世界に一枚だけの絹織物だ。農家の名前が入っている。蚕の品種が書いてある。いつ生まれて、いつ繭になったか、記録がある。それを身にまとって歩く道は、ただの道ではない。 ビクトリー・シルクロード。あなたの人生を、小太郎が織る。
農家にとっても、糸の価値が上がる。現在、繭の生産費は1キロ4400円かかるが、実際の販売価格は2665円にとどまっている。この逆ザヤが廃業を加速させている。受託生産によって価値を付加すれば、この構造は変わるかもしれない。
介護の人手不足は、社会が気づいている。蚕の人手不足は、まだ誰も気づいていない。しかし蚕が消えた後で気づいても、遅い。

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