戦国時代に「槍中村」と呼ばれた男がいた。中村高続。三好氏に仕えた武将で、数々の武功を立てたことから「槍中村」の異名で恐れられた。その特徴は、猩々緋の陣羽織と唐冠金纓の兜。戦場でその姿を見た敵は恐れ慄いて戦わずに逃げてしまったという。猩々緋とは、真っ赤な緋色だ。戦場でその色が見えれば、誰もが「あいつだ」とわかる。戦わずに逃げる。そのくらいのブランドを、彼は積み上げていた。
そしてある日、悲劇が起きる。ある者が「どうしてもその兜と陣羽織を貸して欲しい」と言ったため高続は仕方なくそれを貸し、自らは別の甲冑を着用して出陣した。すると、敵兵たちは相手が高続だとわからなかったため少しも怯まずに襲いかかった。そのため、必死の奮戦も虚しく高続はついに討ち取られた。
シュレディンガー中村
ここで、考えられるパターンを整理してみる。
- 強い×衣装あり——これが生前の槍中村だ。敵は逃げる。本人も本領を発揮する。無敵に見える。
- 弱い×衣装あり——実は大したことはないが、衣装のおかげで敵が勝手に逃げていた。本人は一度も本当の意味で試されていなかった。
- 強い×衣装なし——実力は本物だが、敵が恐れずに向かってくることで数の暴力に晒された。今回の戦いがこれにあたる可能性がある。
- 弱い×衣装なし——衣装がなければただの人で、その通りの結果になった。
物理学に「シュレディンガーの猫」という思考実験がある。箱の中の猫は、開けるまで生きているか死んでいるかわからない——という、量子力学の文脈で語られる概念だ。厳密にはまったく別の話だが、あえてこう言いたい。これはシュレディンガー中村状態だ。槍中村の本当の強さと衣装の関係は、歴史という確認不能な箱の中に永遠に閉じ込められている。我々は結果しか知らない。
仮説を立てるとしたら
ただ、ひとつだけ言えることがある。数々の武功は記録に残っている。六角氏の豪傑・永原安芸守を討ち取ったのも事実だ。衣装だけで戦場を生き抜けるほど甘い時代ではない。やはり槍中村は強かった、と仮定するのが自然だろう。
では何が変わったのか。仮説を立てるとすれば——変わったのは槍中村ではなく、敵だ。あの赤い陣羽織が見えれば、敵は向かってこない。向かっていけば死ぬとわかっているからだ。しかしその日、敵は知らなかった。目の前にいるのが槍中村だと気づかないまま、普通の敵将として突っ込んでいった。
皮肉なことに、その無知が大量の犠牲を生んだはずだ。槍中村は必死に奮戦した。簡単には死なない。向かってきた敵兵の多くが、その槍に倒れただろう。それでも数が尽きなかった。知らぬがゆえに止まらなかった敵が、おびただしい犠牲を出しながらも結果として槍中村を討ち取った——これが最も妥当な仮説ではないか。衣装は槍中村を強くしたのではない。敵を弱くしていたのだ。
歴史における似た構造
似た構造の話が、歴史にある。1560年、桶狭間の戦い。今川義元は「海道一の弓取り」と呼ばれた実力者だった。乱戦の中、今川義元は太刀を抜いて自ら奮戦し、一番槍をつけた服部一忠に反撃して膝を切り割った。愚将どころか、最後まで刃を振るって戦った男だ。
しかし討ち取ったのは、毛利新介という若い兵だった。彼は「今川義元」を知らなかったわけではないが、混乱の乱戦の中で、目の前の相手が義元だと気づいて向かったのか、気づかずに突っ込んだのかは定かではない。いずれにせよ、義元の名を知り恐れていた者たちが簡単には手を出せなかったのに対し、混乱の中で向かっていった者が義元を討った。知らないこと、あるいは混乱によって恐怖が上書きされたことが、歴史を動かした。
槍中村の話と構造は同じだ。恐怖は情報だ。情報が届かなければ、恐怖は生まれない。そして恐怖のない敵は、止まらない。この出来事は、後世に武士たちの油断を戒める教訓として広く語られた。しかし「油断」という一言で片づけるには、この話はあまりにも深い問いを含んでいる。箱は今も、開かない。

コメント