1. イスタンブールの名物「クンピル」とは
クンピルという食べ物を知っているか。トルコ語で「焼きじゃがいも」を意味する。ただし、日本で想像する焼き芋とはまったく別の食べ物だ。大ぶりのベイクドポテトを丸ごと焼き、熱々のうちに切れ目を入れて、バターとチーズを押し込んでざっくり混ぜる。そこに好きな具材を山盛りに乗せて完成する、イスタンブールを代表するストリートフードだ。
2. 発祥の地・オルタキョイの風景
クンピルの歴史は意外と新しい。1980年代にイスタンブールで生まれ、90年代に爆発的に広まったとされている。発祥の地として知られるのが、ベシクタシュ地区のオルタキョイだ。ボスポラス海峡沿いの小さな広場に、クンピル屋台が軒を連ねている。海峡を行き交う船を眺めながら、湯気の立つクンピルを頬張る。あの光景は、イスタンブールの定番風景としてすっかり定着している。
3. 具材選びの極意と屋台の活気
具材のバリエーションが、クンピルの最大の魅力だ。屋台には、20種類以上の具材が並んでいることも珍しくない。定番はオリーブ、コーン、ピクルス、ソーセージ、ロシアンサラダ、トマト、マッシュルームのソテーあたりだ。チーズをさらに追加することもできる。上にかけるソースはケチャップ、マヨネーズ、ヨーグルトソースから選べる。 おすすめの乗せ方を正直に書く。欲張りすぎないことだ。具材が多すぎると、じゃがいものホクホクした味が埋もれる。バターとカシャルチーズがベースにしっかり混ざった状態で、ロシアンサラダとオリーブとコーンを乗せて、ヨーグルトソースを細くかける。これだけで十分に完成している。 屋台のおじさんは、だいたい手際がいい。注文が決まると、じゃがいもを豪快に割り、バターとチーズを惜しみなく投入し、スプーンでぐりぐりと混ぜる。その一連の動作に無駄がない。観光客だとわかっていても、ぼったくらない。値段は屋台によって多少違うが、良心的な価格でお腹いっぱいになる。
4. 海峡の日常と「乙女の塔」
おやおや、隣の屋台に目をやると、あつあつの新婚カップルがいる。ふたりとも目を輝かせながら具材を指差し、あれもこれもと全部乗せにした結果、じゃがいもの上にさながら小さな京セラドームが出現している。重雄が「そんなに乗せたら食べきれないよ」と言い、里美が「頼みすぎって言ったのはどっちよ」と言い返している。屋台のおじさんが苦笑いしながら眺めている。微笑ましいような、哀れなような。欲張りすぎないことだ、と改めて思った。 海峡沿いを歩くと、釣り糸を垂らしているおじさんたちがいる。観光客が行き交う横で、真関せずとばかりに竿を持って海を見ている。急いでいる様子が一切ない。その隣でクンピルを食べながら、しばらく海を眺める。水面の向こうに、小さな塔が見える。乙女の塔だ。海峡の中の小島に建つ白い塔で、007シリーズ「ワールド・イズ・ノット・イナフ」に登場したことで知られている。夕暮れ時には塔のシルエットが水面に映り、絵のような光景になる。映画のロケ地だと知らなくても、思わず写真を撮りたくなる。ヨーロッパとアジアが海峡を挟んで向き合っている場所で、釣り人の隣に立ち、じゃがいもを食べながら乙女の塔を眺める。それだけで、旅をしている実感がある。

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