昔から日本人は、雨が降らないと祈った。神社に参り、太鼓を叩き、踊り、雨乞いをした。空に向かって祈ることが、長い間「水不足への対策」だった。令和の今、私たちは何をしているか。渇水対策本部を設置し、節水を呼びかけ、記者会見を開く。そして雨を待つ。やっていることは、太鼓の代わりにマイクを持っているだけで、本質的には変わっていない。
日本の水不足は、繰り返す。1994年、平成6年。九州北部、瀬戸内海沿岸、東海地方を中心に上水道の供給が困難となり、時間指定断水などの給水制限が実施された。影響は1660万人に及び、農作物の被害は1409億円にのぼった。
それだけではない。1964年、東京オリンピックの年。東京では35%の制限給水が実施され、22時から翌朝5時および10時から16時は蛇口から水が出ない状態となった。理髪店、クリーニング店、蕎麦屋、寿司屋が休業を余儀なくされ、医療機関は急患以外の診察を取りやめた。新聞は「東京砂漠」と書き立てた。
そして今も続く。2026年2月、関東から九州の太平洋側を中心に40のダムで貯水率が平年を下回り、15水系18河川・湖で渇水に備えた対応が実施されている。毎回同じだ。渇水対策本部が設置される。節水が呼びかけられる。雨が降る。解散する。また翌年同じことが起きる。
2018年、南アフリカ・ケープタウンで何が起きたか。前例のない3年連続の干ばつで、400万人への水道供給が止まりかねない事態に陥った。当局は「デイ・ゼロ」—市内のほぼ全家庭・企業の水道を遮断する日—をカウントダウンし始めた。
そこで当局がとった決断は、日本の政治家には到底できないものだった。2018年2月、市はひとり1日50リットルという使用制限を宣言した。50リットル。シャワー2分弱に相当する量を、飲料・料理・トイレ・洗濯すべてに使えという命令だ。責任逃れに長けた政治家なら「節水をお願いします」と言う。ケープタウンは「50リットル以上使うな」と言った。お願いではなく、命令だ。数字を出した。期日を出した。結果、ケープタウン市民は2015年比で約60%の節水を達成し、世界の主要都市の中で最も一人当たり水消費量が少ない都市のひとつとなった。デイ・ゼロは来なかった。
何が違ったのか。日本の水不足対策は常に「供給側」の話だ。ダムを造る、取水制限をかける、人工降雨を試みる—沖縄では1981年、飛行機で上空から散水する人工降雨作戦が実施されたが、期待する雨はなく空振りに終わった。
ケープタウンが違ったのは、「需要側」を動かしたことだ。数字を示し、期日を示し、市民全員に当事者意識を持たせた。50という数字が鍵だった。漠然と「節水してください」では人は動かない。「50リットル」という具体的な数字を出した瞬間、市民は自分ごととして考え始めた。シャワーを何分使えるか。トイレは何回流せるか。洗濯は何日に一度できるか。数字は人を動かす。
日本の政治家に足りないのは、予算でも技術でもない。「50」と言い切る勇気だ。
気象学が発達し、降水量を数週間前から予測できるようになった。社会学が発達し、集団行動のメカニズムが解明された。行動経済学が発達し、人がどんなメッセージに動くかがわかってきた。水工学が発達し、海水淡水化も雨水貯留も技術的には可能になった。これだけの知識と技術を積み上げておきながら、水不足になると最終的な対策は「市民のみなさんに節水をお願いします」で、あとは雨を待つ。
結局のところ、令和の渇水対策の最後の一手は、平安時代と同じだ。天に祈るしかない—アーメン、と締めくくりたいところだが、それではダジャレにもならない。

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