ラップバトルというものがある。二人が向かい合い、即興の言葉で相手を言い負かす。韻を踏み、機転を利かせ、会場が沸く。あれはあれで見事な言語の格闘技だ。
しかし日本には、もっと古い即興定型詩がある。都々逸だ。七・七・七・五の音数律で、江戸末期から男女の機微を歌ってきた形式。短く、鋭く、言葉が心に刺さる。そしてラップと決定的に違う点がひとつある。相手を罵倒しない。ならば都々逸でバトルをやれ、という話だ。
会場は熱田神宮。場所はどこでもいいわけではない。熱田神宮でなければならない。名古屋の中心にあり、三種の神器のひとつ草薙の剣を祀る。1900年以上の歴史を持ち、年間650万人以上が訪れる。格式においては申し分ない。
都々逸という庶民の言葉遊びが、この場所に持ち込まれることの落差が、むしろ面白い。境内の緑の中で、現代人が七七七五に知恵を絞る光景は、それだけで絵になる。
ルールは、二人の参加者が向かい合い、即興で都々逸を詠む。交互に一句ずつ。時間制限は三十秒。審査の基準は三つ。風流・粋・自然描写が高得点となる。桜、川、月、雨、風—自然を詠み込み、それに人の心を重ねると点が入る。ラップバトルでは罵倒が武器だが、ここでは美しさが武器だ。
そして決定的なルールがある。相手を褒め称えることが基本だ。「あなたの句は見事だった、だがあたしの句はこうだ」という構造で進む。相手を踏み台にするのではなく、相手の句を受けて、さらに高みへ向かう。品格の競い合いだ。点が入らない要素は、品のない言葉、相手への悪口、七七七五の音が崩れること。
トーナメント形式は一回戦から始まり、勝ち上がり方式で進む。敗者は相手の腕を讃えて会場に一礼し、静かに退く。準決勝あたりから審査員に加え、観客の拍手の大きさも採点に加味する。観客が「粋だ」と感じた句が響けば、それが勝利に近づく。
優勝者には称号がある。「今季の匠」。そしてその日、優勝者が詠んだ都々逸の全句は、巻物に書き記され、熱田神宮に奉納される。草薙の剣と同じ場所に、現代人の七七七五が収まる。それだけで一句詠めそうな光景だ。
閉会後は全員でよしだやのきしめん。競い合いが終われば、参加者も審査員も観客も、全員で熱田神宮門前のよしだやへ向かう。よしだやのきしめんは、名古屋を代表する一杯だ。平たい麺がだしをよく含み、削り節が香る。勝者も敗者も、同じ丼を前に並んで食べる。誰が勝ったとか、あの句が惜しかったとか、次は絶対出るとか、そういう話をしながら。
ラップバトルは相手を倒す。都々逸バトルは相手と高め合う。同じ「バトル」でも、目指す場所がまるで違う。罵倒ではなく風流で人を圧倒する—それが江戸から続く言葉の美学だ。熱田神宮の空の下で、七七七五が飛び交う一日があってもいい。

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