1000年に一度、大天使は現世に降り立つ。その名をズッコエル。天界においては「慈愛の翼」と呼ばれ、人類への深い愛を胸に、幾千年もの時をかけて地上を見守り続けてきた聖なる存在だ。そしてズッコエルが降臨するたびに、人間たちは奇跡の力を授かってきた。記録によれば、1000年前の降臨では疫病を癒す力が、2000年前には大地を豊かにする力が与えられたという。
満を持して、ズッコエルは降り立った。白銀の翼が空を覆い、光の柱が大地を貫いた。村人たちは畑を、縁側を、農協の前を離れ、光の降り注ぐ広場へと集まってきた。誰もが口を開けたまま、動けなかった。
ズッコエルは言った。「私は大天使ズッコエル。人間たちのために奇跡の力を与えに来ました。みなで相談して、どんな奇跡にするか決めてください」
静寂。そして村人たちは顔を見合わせた。一瞬だった。全員の目が、同じ場所を向いた。話し合いは、三分で終わった。
高齢化の進むこの村では、全員に共通する悩みがあった。毎朝の百草丸だ。あの小さな黒い粒を、震える指で一粒一粒数える作業。多すぎず少なすぎず、ちょうど20粒。それがどれほどの精神的負荷であるか、若者には理解できまい。数え間違えて最初からやり直す絶望を、あなたは知っているか。
村の最長老、八十三歳の常吉が、ズッコエルの前に進み出た。「大天使様。我々が望む奇跡はひとつです」
ズッコエルは頷いた。慈愛に満ちた表情で。「どんなに適当に出しても、ぴったり20粒になる力をください」
ズッコエルの表情が、止まった。「……もう一度、言ってください」
「百草丸を、どう出してもぴったり20粒に。能力名は『ジャスティス ザ トゥエンティ』でお願いします」
すでに能力名まで決まっていた。ズッコエルは1000年ぶりの降臨だった。天界で人類の苦しみを見守り続けた1000年だった。戦争を見た。飢饉を見た。疫病を見た。そのすべてを乗り越えようとする人間たちの姿に、何度涙を流したかわからない。そして満を持して降り立ったこの地で、求められた奇跡が、百草丸20粒だった。
しかしズッコエルは大天使だった。人間を愛していた。「……授けましょう」
光が降り注いだ。村人たちの手のひらに、温かい何かが宿った。翌朝から村は変わった。どんなに雑に瓶を傾けても、手のひらにはぴったり20粒。多くも少なくもない。常吉は泣いた。隣の文子も泣いた。農協の前で武夫が「ジャスティス」と呟いた。
やがて村の広場に、銅像が建てられた。台座には「大天使ズッコエル、永遠に」と刻まれている。銅像の顔は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

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